リノベから始まった「 映画と暮らしが交差する場」——蒲生四丁目(大阪)の「土間シネマ」【KUJIRAリノベーション・ドキュメンタリー】

「土間シネマ」は、大阪・蒲生四丁目にある日本最小規模の映画館でありながら、映画の楽しみ方を根本から変える特別な空間だ。ここでは、映画を観た後に観客同士が語り合う「カフェタイム」が設けられ、作品の余韻を分かち合うことができる。
大手シネコンとは異なり、ミニシアター系の作品を厳選して上映。日本ではなかなか観る機会のない海外のドキュメンタリーまで、幅広いジャンルの作品を取り扱うとして人気を博している。
一般的な映画館とは一線を画すこのユニークなスタイルは、映画好きの間でじわじわと話題となり、予約がすぐに埋まることも。「観るだけで終わらない映画館」、それが、土間シネマなのだ。
「リノベーション時には、シネマカフェになることを想定しなかった」と語る施主・吉田夫婦にその背景を聞いた。
目次
リノベーションが生んだ新しい「場」の価値
大阪・蒲生四丁目に佇む一軒の家。ここは、単なる住まいではなく、人が集まり、映画を通じてつながる特別な空間となった。その名も「土間シネマ」。
この場所を作り上げたのは、吉田夫妻。もともとは2人が映画を楽しむためのプライベートな空間だったが、気がつけば地域の人々を巻き込み、映画館(シアターカフェ)としての役割を果たすように。
「もっと多くの人に映画を届けたい」という想いは、やがて新たな夢へとつながる。現在の10席ほどの小さな映画館(シアターカフェ)を、隣の倉庫をリノベーションしてより大きな空間へと広げる構想も進んでいる。
「リノベーションって、ただ建物をきれいにするだけじゃない。その空間でどう過ごすか、どう生きるかが大事。その意味で、僕たちにとってのリノベーションは、新しい人生を作るプロセスそのものだったと思います」
土間シネマは、映画を観るだけの場所ではない。ここでは映画が人と人とをつなぎ、上映後には観客同士が感想を語り合う「カフェタイム」が生まれる。
「映画館で観た後、誰とも話さずに帰るのが寂しかった。でも、ここではみんなで感想を話し合える。その時間こそが、映画の価値を深めるんじゃないかと思っています」
このスタイルは、映画業界にとっては異端だった。映画館は回転率が命であり、できるだけ多くの上映回数をこなすのがビジネスの基本。しかし、吉田夫妻はその常識を覆し、「話せる映画館」を作ることにこだわった。
配給会社との交渉では「そんな小規模の映画館は聞いたことがない」と門前払いされることも。それでも、「誰もやっていないからこそ、やる価値がある」と挑戦を続け、徐々に映画関係者からの理解も得られるようになったのだ。
「映画館はどんどん減っているけど、映画の楽しみ方は変えられるはず。この場所が、新しい形の映画体験を提供できる場になれば嬉しいです」
映画とともにある人生——「土間シネマ」の誕生
そもそも、なぜこの家が映画館になったのか。
吉田夫妻に共通していたのは、映画への深い愛情だった。夫・直史氏は幼少期に観た『スタンド・バイ・ミー』をきっかけに映画の魅力に引き込まれ、妻・さらさ氏もまた、映画が日常に溶け込む家庭で育った。
リノベーションを終え、プロジェクターを設置し、映画を観るための空間を整えたある日、思いもよらぬ出来事が起こる。
「休日の朝、映画を観ていたら、外から知らないおばちゃんが家の中を覗き込んでたんです。『ここ、何? 映画観られるん?』って聞かれて(笑)」
この何気ない会話が、すべての始まりだった。友人を招いて上映会を開くうちに、「もっと多くの人と映画を共有できる場にしよう」という気持ちが芽生えたのだ。そして「土間シネマ」という名前がつけられ、映画館(シアターカフェ)としての形を持ち始めた。
現在では、ミニシアター系の映画を中心に上映し、配給会社と直接交渉しながら作品をセレクト。映画館としては日本で最小規模かもしれないが、その魅力は決して小さくない。
「家族」とのつながりから始まったリノベーション
リノベーションという決断には、不安もあった。特にこの家は過去に増改築が行われた履歴が不明で、壁を開けるまで鉄骨造なのか木造なのかすら分からない状態だった。「何もかもが分からない中でのスタートだったので、正直なところ不安の方が大きかった」と夫婦は振り返る。
しかし、2人は「この家を活かしたい」という気持ちを強く持ち、リノベーションを進めることを決めた。その決意を支えたのが、お互いの価値観のすり合わせだった。「オリエンシート」と呼ばれるプレゼン資料を作り、希望するデザインや生活スタイルを具体的にまとめたことで、業者とのコミュニケーションもスムーズになったという。このシートには「収納は極力減らす」「和室は残す」「土足で人を招ける空間にする」など、2人のこだわりが詰まっていた。
この家が映画館へと生まれ変わるまでには、KUJIRAのアイデアも駆使された。
「築50年以上の家には改築の履歴が残っておらず、壁を開けるまで鉄骨造なのか木造なのかすら不明な状態」でしたとは、妻・さらさ氏。KUJIRAでは、この状況を丁寧に調査し、安全性を確保しながら設計することを優先した。その結果、土間の開放感を活かしつつ、2人が楽しむための“映画館”としての機能が現実的になった。
さらに、KUJIRAの建築デザイナーは、入り口から入った際の視界の広がりを考慮し、奥行きを感じられるような空間設計を提案。さらさ氏は、「斜めに配置された壁や視線の抜けを意識したレイアウトにより、家に足を踏み入れた瞬間、より広く開放的に感じられるようになっている」と語る。
「住まいでありながら、映画館として成立する空間を作る」という難題に対し、クジラは吉田夫妻と密に話し合い、動線や音響の配置までこだわり抜いた。結果、日常と映画がシームレスにつながる「土間シネマ」が誕生したのだ。
このプロジェクトは、単なる建築リノベーションではなく、「暮らしをデザインする」という視点からも大きな成功を収めたと言えるだろう。