2025.06.26
最終更新日
2025.06.27
CREATOR's STORY

図面を超えて、木に訊く──大工・まーさんの現場哲学

リノベーション 職人

現場に入ると、まず耳に届くのは木を切る音ではなく、シュッ、シュッ――ほうきが床を掃くリズムだ。大工歴47年。まーさんこと柴谷政春さんは今日も一人で作業を始める。

「散らかっとったら、だめなんです。頭の中が整理できませんし、突然人が来ても綺麗な空間をみせたい」

掃除が助走になり、玄翁(金槌)が合図を打つ。
すべてを自分で整えてから、“家づくり”が動き出す。

15歳で握った鑿(のみ)――「兄とは別の道を行け」

まーさんがこの道に入ったのは15歳、中学卒業と同時だった。長崎・五島列島の小さな漁村。兄も大工だったが、自分をよく知る知人からはこう諭された。

「兄弟で同じ現場におったら甘えが出る。別の親方のもとで修業せえ」

そうして一人、大阪・高槻の棟梁宅へ住み込みに。
リノベーション 職人

図面の“まっすぐ”より住む人

今回の京都の仕事でも、階段を上がると梁に頭がぶつかりそうだった。設計図には残すとある柱――しかし、まーさんは迷わず言った。

「柱と梁を1本抜いて登り下りの際に圧迫感が出ないよう、違う場所で梁補強をしましようか。頭に当たったら大変。ここは住む人が毎日通る道やから」

設計士は図面に赤を入れ直し、現場は一歩深呼吸したように広がった。図面を守るのではなく、暮らしを守るためにアイデアを伝える。それが、まーさんの流儀だ。
リノベーション 職人

測って、刻んで、建てて、養生を敷き、掃除をして、担当する領域は多岐に渡る。――多くの行程を独りで完結させることもある。

「誰かに任せたら、どっかで“まあええか”が入るかもしれない。ほな、最後に家が泣く。全部自分でやったら、言い訳はいらんやろ」

難易度の高い現場ほど指名がかかるのも、その徹底ぶりゆえだ。施工管理は「難しい仕事の際には、まずまーさんに相談する」という。高さや隙間が1ミリでも狂えば暮らしの導線が歪む――、だからこそ、まーさんは一番ややこしい“取り付け”を率先して引き受ける。
リノベーション 職人

“隠れる美学”――見えへん所ほど丁寧に

クロス下地のビスは150ミリピッチで揃える。「クロス屋が貼りやすいからや」と笑う。木材を使用する時も逆木には入れない。木材が山中で育ったように上下を整える。こだわりをあげ出すときりがない。そして、几帳面さは床掃除にあらわれる。

「きれいな現場は、ええ家になる。住む人は肌で感じるんや」

掃除は品質管理であり、職人としての名刺でもある。

床下の束、壁の中の筋交、2階天井裏の補強――完成後には誰の目にも触れない部分に、まーさんは一番時間をかける。

「10年後に壁が割れたら、“あの時サボったんやろ”って家が言う。それが一番イヤやねん」

柱が15ミリ傾いていれば、ジャッキで梁を持ち上げ、柱を真っ直ぐ入れ直す。「見えないからいい」ではなく、見えないからこそ嘘をつけない。
リノベーション 職人

取り付けが終わる瞬間──最高の“バトンパス”

最も神経を使う取り付け作業が終わり、最後のビスを締めたとき。まーさんは軽く道具を置き、もう一度ほうきを握る。床を払う動きが終わった瞬間、心の中で静かにガッツポーズをするのだ。

「ここまで来たら、あとは誰が来ても大丈夫。自分の役目は果たした、って思える瞬間や」

家づくりはリレーだが、バトンを渡す位置まで責任を持ち、施主様が生涯心地良く暮らせる家を造る。それが孤独な現場を貫く、まーさんの誇りだ。
リノベーション 職人
「図面は大事や。でも図面の外側に、暮らしの気配があるやろ。そこを感じて、木を合わせて、掃除して帰る。それでやっと、“ええ家が建った”って言えると思うわ」

WRITERこの記事を書いた人

クジラ 編集部

中崎町にあるリノベーション会社です。不動産探し、住宅ローンのお手伝い、設計デザイン、施工、インテリアコーディネートまでワンストップでお手伝いさせていただきます。お客様に最適な暮らし方のご提案をさせていただきます。

リノベーションの相談・各種ご予約はこちら