「不動産は愛されない」を覆す。 「住まいづくり」から「人づくり」、業界を再定義する組織へ。

不動産や建築は、本来「人の暮らしを支える」仕事だ。それなのに、この業界には、どこか拭いづらい視線がつきまとう。
「不動産って、チャラいよね」
「建築って、ブラックなイメージがある」
クジラ株式会社の代表・矢野浩一は、その違和感をずっと抱えてきた。「仕事そのもの」ではなく、「業界の見られ方」が損なわれている、と。2024年から執行役員としてクジラに加わった編集者の上沼祐樹は、矢野のそばで何度もその言葉を聞いてきた。
この対談では、矢野が問い続けてきた「愛される仕事に変えるには?」というテーマを起点に、クジラが取り組んできた組織づくり・文化づくりの輪郭を、あらためて言葉にしていく。
目次
「不動産はチャラい」への違和感
上沼:
ある社員が、知人にこう言われたそうです。「不動産って、チャラいよね」「建築って、ブラックなイメージあるよね」、それを聞いたとき、「笑って流したけど、深く刺さった」と話していました。
矢野:
はい。僕らの業界が“社会からどう見られているか”を突きつけられた瞬間でした。不動産や建築って、本来「人の暮らしを支える仕事」なんですよ。でも現実は、“お金の匂いがする”“過酷で泥臭い”という負のイメージが根強い。だからこそ、若い人は憧れを持てない。就職人気ランキングでも上位に上がらないし、家族からも「大丈夫なの?」と心配される。僕自身、21歳の時に父親から「不動産なんてやめとけ」と言われたんです。悪いイメージは「業界」であって、仕事そのもの(業)のイメージではない。
だからずっと問い続けてきたんです。「どうすればこの業界を“愛される仕事”に変えられるのか」と。

クジラ株式会社代表取締役・矢野浩一
上沼:
クジラを立ち上げたのは2007年。最初の10年は、本当に厳しかったと振り返っていました。仲間は増えるけれど、辞めるスピードも速い。社員が定着しない。3年続く人がいない。そういう状況だったんですよね。
矢野:
不動産業界だけでなく、隣接する建築業界も”ふるいにかける文化”が強い傾向にあると思います。「根性のない奴はやめろ」「見て盗め」みたいな。結果、技術は磨かれるけど、心はすり減っていく。
何よりショックだったのは、辞めた人が独立して成功していくこと。「能力は育ってるのに、会社は愛されない」。つまり、会社の仕組みそのものが、誰かを疲弊させる構造になっていた。
一方で、業界も同じ構図。下請け構造、低賃金、長時間労働。離職者が「ブラックだ」とSNSで発信すれば、次の若者が遠ざかっていく。そうやって“負のスパイラル”が深まっていく。
上沼:
じゃあ、どうすれば抜け出せるのか? 矢野さんが行き着いたのは、「替えが効かない会社になること」でした。

クジラ株式会社執行役員・上沼祐樹
矢野:
はい。Apple、スターバックス、ディズニーランド。ここの共通点は、ブランドに“人格”があること。ファンがいて、文化があって、単なる商品を超えている。その中で一番影響を受けたのは、セブンイレブンの理念でした。
「消費者は充足されているが、満足していない」。
つまり、モノや情報は足りてるけど、“心の満足”がまだ足りない。だからこそ、感情を動かす存在になる必要がある。
不動産・建築も同じ。家を売るだけじゃなく、「人の幸福度」を設計できる存在でありたい。それと同時に弊社の組織も変える必要がありました。
「人の幸福度」に注目した組織体制
上沼:
組織を変えるには、仕組みを変えるしかない。矢野さんが導入したのは、ホラクラシー型組織です。役職や階層がなく、権限と意思決定が分散された自律的なチーム(サークル)に委ねられるフラットな組織形態。上下関係の代わりに「役割」に基づいて業務がすすめられています。役職ではなく、プロジェクト単位でチームをつくり、解散する。上下関係ではなく、目的と機能で動くんですよね。

矢野:
不動産・建築業界は、組織が典型的なピラミッド構造になりやすいです。上からの指示で動き、情報はクローズド。これは「全員で同様のことを大量に実行する(つくる)」には向いています。情報の統制だけでなく、行動や思考もなるべくみんなで”同じように”捉えることで、均一的なパフォーマンスが発揮できます。上記のヒエラルキー組織ですね。
一方、僕たちが採用しているのはホラクラシー型組織です。メッシュ構造に広がる組織形態で、ピラミッドのような正しい状態(正常)という概念がありません。常に「異常を前提とする」というような価値観があり、みんなで同じ作業をすることを重視しない。特注やオリジナルといった「”一点モノ”を生む!」といった個性的な行動・思考が求められます。
また、組織の階層が少ない。これによって「顧客との距離が近い」「無駄な管理職を生まない」という状況になります。自己管理のハードルは高くなりますが、必然的に自律的な人材が育つことになります。
当然、経営陣も「チャレンジする文化」「年齢・経験に関係なく抜擢する文化」を率先してつくっていきます。ホラクラシー型組織に移行して10年、「主体的に試行錯誤する文化」は、一定レベルまで根付いたのではないでしょうか。
上沼:
僕はKADOKAWAや朝日新聞、また、ミクシィなどで編集業に携わってきましたが、これはまさに「編集的」な視点だと思います。「異常を前提に変化し続ける」は、編集のプロセスそのもの。編集って、固定された“正解”を追うものではなく、常に「今のままでいいのか?」という問いを立て、再構成を試みる営みです。
ホラクラシー型組織が前提とする“正常・完璧が存在しない”という思想は、まさに編集思考の根幹と同じですね。

矢野:
そう。僕は、リノベーションって建物を直すだけじゃなくて、人や組織の“価値観”をリノベする行為だと思っているんです。
上沼:
なるほど。人や組織の“価値観”もその範疇なんですね。クジラでは、試行錯誤が肯定されていますが、メディアの文化でも、“未完成を許容する”部分があります。完成は通過点であり、“次の編集のための素材”になるんです(一つの大作が完成した時に、続編を考えることとか)。あらゆる編集されたものの背景には、様々な「失敗」「試行錯誤」があるんだろうなと想像でき、そこにリスペクトが生まれるんです。
ホラクラシーが重視する“正常・完璧が存在しない”という思想は、この“試行錯誤の文化”と近いでしょう。「仮説→実践→改善」を高速で回すことは、“異常”や“偶然”を歓迎する編集作業のサイクルそのもの。
「建築を編集し、暮らしを編集し、働き方を編集している」のがクジラの組織で、僕は編集者として、クジラのその姿勢に惚れたんですよね。

「若者に好かれる企業になる」――この言葉を、矢野はよく口にする。しかしそれは、マーケティング的な“若者ウケ”ではない。
矢野:
若い世代が「ここで働きたい」「この会社の考え方が好き」と思えるか。それが長期的に企業ブランドの信頼につながるんです。今の若者は、給与や肩書きよりも、「共感できる理念」「誠実な会社としてのスタンス」を重視している。
だからクジラでは、「格好いい(カッコイイ)」ではなく、「恰好いい(あたかもよし)」を大切にしています。

上沼:
「若者に好かれる」というより、若い世代が違和感を言える状態をつくることが、会社の更新につながる——、そんな捉え方ですか?
矢野:
まさに。価値観って、放っておくと固まっていく。そこに新しい視点が入って、問い直される。更新が止まらないことが、持続につながる。
不の解決とSEKAI HOTEL
矢野が影響を受けたもう一つの思想が、リクルートの「不の解決」だ。「不平等」「不便」「不安」。それらを見つけて解くことこそ、ビジネスの本質であると。
矢野:
SEKAI HOTELはまさにその実践です。SEKAI HOTELは、「まち全体をホテルにする」プロジェクト。空き家を客室としてリノベーションし、商店街の銭湯や食堂、喫茶店を“ホテルの設備”として位置づけ直すことで、地域の日常そのものを旅の体験へと変えていくものです。チェックイン時に渡される「SEKAI PASS」を手に、宿泊者はまちを歩き、店の人や常連と自然に言葉を交わしながら過ごす。観光と暮らしの境界をほどき、地域が主役になる滞在のかたちを実装しています。

観光は長く、「迎える側」と「迎えられる側」が分かれた構図で語られてきた。人が集中すれば、日常の導線や現場の負荷が増え、地域の手触りが“消費”に寄ってしまうこともある。そうした状況のなかで、空き家は活用されないまま残り、まちの営みと旅がうまく接続できない——、そんなねじれが各地で起きていました。
そこで僕らは考えた。「まちごとホテルにして、関係性を再設計しよう」と。チェックイン時に渡される「SEKAI PASS」は、銭湯や喫茶店、商店街で使える地域通貨のような存在。観光客は“客”ではなく、“住人の一員”として迎えられる。

「また帰ってくるね」
そう言って再訪してくれることが、何よりの共存の証なんです。
空き家はホテルとして再生し、商店街は観光の舞台になる。地域の“不”が、つながりによって価値に変わる。
「未来に繋がるカッコいい」を
上沼:
矢野さんが繰り返す言葉に、「空間や場所は、もう一人の登場人物」というのがありますよね。
矢野:
僕が好きな事例に、京都・嵐山駅の「キモノフォレスト」があります(京都・嵐電嵐山駅にある京友禅の光の回廊。約600本のポールに友禅柄を封じ込め、夜には幻想的にライトアップ。伝統工芸と現代デザインを融合したアート空間として人気を集めている)。
京友禅の筒が並ぶ光の回廊を、電車がすり抜けていくんですね。日常の中に“非日常”を忍ばせることで、人の感情を動かす。あの空間を見た瞬間、“空間には、人の心をデザインする力がある”と感じました。
スターバックスコーヒーも、ディズニーランドも同じ。あの場所では、人は自然と笑顔になる。それは“接客だけでなく空間も感情を設計している”からなんです。家やオフィスも、実は同じ。人が暮らす空間の質は、その人の思考や行動を左右する。住まいを作るのではなく、暮らしを作る」と考えている僕らは、住まいなどの空間は「0人目の家族」「もう一人の家族」と言えるほどに影響力を持っていると思います。
上沼:
クジラの社会貢献活動「KUJILIKE」も、その思想の延長にありますね(児童養護施設の子どもたちと一緒に空間をDIYでつくり変えるクジラの社会貢献プロジェクト。デザインや手仕事を通じて「つくる楽しさ」と「居場所の再生」を共有し、子どもと大人の成長を育む取り組み)。児童養護施設の子どもたちと一緒にDIYで空間をアップデートする。壁を塗る、棚をつくる、家具を配置する。そのすべての過程が“体験教育”になっています。

矢野:
「未来に繋がるカッコいいを創る」というMISSION。
その言葉には、僕らが見ている“まだ生まれてきていない子どもたちの未来”が込められています。いつか、「不動産・建築業界」が、子どもたちの“なりたい職業ランキング”で一位になる。それが、僕たちの夢なんです。

上沼:
はい、同じ気持ちでいます。建物は時間とともに古びていく。けれど、人の志は時間とともに磨かれていく。クジラという会社は、その“進化する志”を体現しているように見えます。リノベーションとは、ただ直すことではなく、古くなることの中に、美しさと意味を見出す営み。そのようにクジラという組織を理解しています。


