思い通りに、家を編み直す──大工・網元さんの現場から

リノベーションの現場には、すでにそこに在るものと、これから加わるものとがある。どちらか一方だけでは、空間は完成しない。古い梁に、新しい柱をつなぎ直す。歪みを理解しながら、次のかたちへと手渡す。
その「間」を編む人──それが、大工・網元さんだ。
目次
思い通りにならないなら「自分でやる」
網元さんがこの道に入ったのは、24歳のとき。決して早くはないスタートだった。
「高校出てすぐは、モノレールの基礎工事とか、土木の現場に行ってました。朝5時に家を出て、帰るのは夜中の12時。年間の休みは10日くらい……」
そんな過酷な日々の中で、父親が立ち上げた建築会社を手伝うことになった。最初は現場監督として、職人たちに指示を出す側だった。けれど、いくら指示しても、思い通りにいかないことは多い。
「それなら、自分でやった方が早い。自分で納得できる家をつくりたい」
そんな思いが、網元さんを大工の道へ導いた。
「親方なし」手探りで拾った技術
網元さんには、師匠と呼べる“親方”がいない。現場に応援に行き技術を学び、あちこちで「いいところだけを参考にし」積み重ねた。そんな異色のキャリアを歩んできた。
「増築で柱を補強するとか、梁を組むとか。新築じゃない現場ばっかりやってきたんで」
新築なら、プレカット工場で寸法通りに切り出された部材を“いかに早く丁寧に組むか”、が問われる。リノベーションは違う。曲がった梁、縮んだ柱、予測できないクセを、現場で読み、現場であわせる。
「図面に書いてないことが、現場には山ほどあるんです」
隠れる仕事を、誇る
リノベーションの現場で、大工の仕事はほとんどが“隠れる”。壁の裏に、天井の中に、そして、フローリングの下に。網元さんの手がけた下地は、仕上がった後には誰の目にも見えなくなる。
それでも、いや、だからこそ、正確さが問われると言うのだ。
「クロス屋さんとか塗装屋さんが仕上げしやすいように。歪んでるところを、できるだけ違和感なく繋いでいくんです」
古い建物には、必ず癖がある。完全なまっすぐなど、どこにもない。それを、目立たないように、滑らかにつないでいく。それが、網元さんの仕事だ。
余裕を生むために、スピードを磨く
現場では常に、次の一手を考えている。
「明日なにするか、じゃない。今日、何時までに、どこまでいくかを考えてる」
与えられた工程よりも、早く終わらせる目標設定が常だ。余裕をもって仕上げれば、最後の仕上げ工事にも迷惑をかけない。誰かの仕事を急がせない。焦らないから、結果的に、現場全体が美しくなる。そんなリズム感も、現場監督を経験してきたからこその視点だ。
技術は、続いていくか
網元さんはいま、兄と二人三脚で現場を回っている。ただ、技術の継承は簡単ではない。
「若い子に教えることもあるけど、なかなか続かない。覚えること、多いですからね」
電気の配線ルート、水道の配管ルート、材料の使い回し。見えない部分までを考えて仕事を組み立てるには、ただ木を組むだけでは足りない。それでも、「できるだけ無駄を出さずに」「次につながる仕事を」そんな当たり前を、コツコツ積み重ねている。
2、3ヶ月かかった現場でも、終わりが近づくと寂しくなることはない。
「でも、全部の現場、何したかは覚えてますね」
手をかけた分だけ、ちゃんと刻まれている。お客さんからの言葉も、ふとした瞬間に胸に残る。
「普通にやってくれて、ほんまに良かった」
そんな一言が、いちばんうれしい。
最後に、ひとこと。
「古いものに、新しいものを違和感なくつなぐ。それが、リノベ大工の仕事です。……今日も、次の現場が待ってますから」