自宅が全焼。火災リノベが親子の“はじまり”に(京都・城陽市)

京都府城陽市に住む藤本さん親子。2022年、突然の火事で自宅が全焼した。
「何から手をつけていいかわからなかった」――そう語る藤本さんの言葉に、そのときの混乱がにじむ。
しかし、焼け跡からの生活再建は、思いのほか前向きな一歩の積み重ねでもあった。
目次
自宅が全焼。「何から手をつけていいかわからなかった」
「2022年の火災が起きた当時、私は枚方に住んでいました。父が亡くなってから母はずっと一人暮らしだったので、週末はよく実家に帰っていたんです。
火災発生時も、たまたま家に一緒にいたのが救いでした。母が『なんか臭い臭い』と言い出して、えっ?と思っていたら火災報知器が鳴り出して、一瞬にして隣の部屋まで煙がわーっと出てきて。火柱もはっきりと見えました」

火の原因はおそらく古いテレビの発火とみられ、家財は2階の一部屋を残して全焼。築47年の住宅だったが、鉄筋コンクリート造だったため、近隣への延焼は免れた。
二人はすぐに家を出て、近所の人に消防へ通報してもらい、幸い怪我人は出なかった。
「何から手をつけていいかわからなかった」と藤本さんは振り返る。仮住まいの存在が生活を繋ぎ止めた。
「枚方に住んでいたので、すぐに帰る場所がありました。母も叔母の家に住まわせてもらえて、その後家の近所で仮住まいが見つかったんです。テレビや冷蔵庫、洗濯機も枚方で使っていたものを持ってこられたので助かりました」
ワンストップで寄り添う、安心の再建サポート
「『大阪 リノベーション』で検索して、いろんな会社に連絡しました。一番早く返事をくれたのがクジラさんで、代表さんを含め社員の方々がすぐに現場を見に来てくれたんです」
その後、クジラが壁や鉄筋の損傷調査を行う会社を紹介し、産廃業者とも打ち合わせを重ねた。
「何が燃えたのか、一覧表を作るのが大変でした。いつ、いくらぐらいで買ったか……それをまとめるのに3ヶ月ぐらいかかりましたね」
ゴミの処分では、自治体と連携して罹災証明(火災の被害を消防署が公的に証明する書類)を活用し、費用を抑える段取りを組んだ。
「クジラさんがワンストップで動いてくれたので、本当に助かりました。私一人だったら途方に暮れていたと思います」

オゾン脱臭装置で徹底的に「消臭」
一般的なリノベーションとは違い、まず立ちはだかったのは「臭い」の問題。
煤(すす)の臭いは壁や床の奥深くまで染みついており、表面を削っただけでは取れない。特にコンクリートは臭いを吸収しやすく、対応が難しい。
そこで、クリーニング業者と協力し、オゾン脱臭装置を2週間稼働。分子レベルで消臭を行った。
その後、現場の換気を徹底し、臭いが完全に抜けたのを確認してから工事をスタートした。
住み慣れた家を、これからの暮らしへ
「母は85歳。足腰も悪く、いずれ一緒に住もうと考えていました」
住み替えではなく、あえてリノベーションを選んだ理由も明確だった。
「ずっとここに住み慣れていますし、母も高齢でもう引っ越しは厳しい。ここが“実家”なんです」
お母様にも現場に来てもらい、使いやすい高さを一つひとつ確認しながらバリアフリーに。段差をなくし、手すりを設置。断熱材を入れ、冬でも暖かく、昼間は太陽光だけで暖房がいらないほどに。

「一緒に住むことになったので、2階の6畳3部屋を、倉庫と8畳の居室にまとめました。私は普段その部屋で過ごしていますが、広くなって前よりずっと快適ですね」
火災リノベは、家だけでなく“生活”を再生する

取材中の藤本さんは、終始明るく、落ち着いた語り口が印象的だった。
「火事はもちろん起きないのが一番ですが、今となっては“いい機会だった”と思うようにしています。いずれ母と住む予定でしたし、リノベーションしたことで、結果的に老後も安心して二人で暮らせる住まいになりました」

そして、少し照れながらこう笑う。
「まあ、離れて住んでた時のほうが仲良いですけどね(笑)。でも、もう一人暮らしは限界だったと思います。週末はリハビリでデイサービスやスーパーに連れて行ったりして、一緒に住んでるだけで安心ではありますから」
家族が再び同じ屋根の下で暮らす。
それは、ただ“家”を建て直すことではなく、“生活そのもの”を立て直すこと。
火災リノベーションは、失ったものをただ取り戻すのではなく、新たに絆と暮らしを築く“はじまり”でもあるのだ。

▼WORKS|施工事例





