「丁寧に“暮らせない”私たちのための家」2回目のリノベーションで見つけた“暮らしの正解”

「家は3回つくらないと満足できない」そんな言葉がある。
でも、実際に3回も家をつくるのは簡単ではない。だから臼井さん夫婦は、2回目のリノベーションにかなり力を入れた。前の住まいで何がよかったのか。どこが失敗だったのか。自分たちは何に憧れていて、何なら続けられないのか。理想の写真を集めるだけではなく、暮らしの違和感を一つずつ言葉にしていった。
「丁寧な暮らしとかに憧れるんです。でも、私たちはやらない。手入れできない人間だって前回でわかったので、今回はそこを排除しました」

奥さまのこの言葉は、今回のリノベーションをよく表している。背伸びした家ではなく、毎日をちゃんと過ごせる家。子どもの世話がしやすくて、料理に没頭できて、猫の気配も感じられる。散らかることも、ものが増えることも、腰が重いことも込みで考えられた家がいいのだ。
臼井さん夫婦の住まいは、理想をあきらめた家ではない。自分たちの現実を見誤らなかった家だ。
目次
マンションはいいが“普通の間取り”は嫌だった
臼井さん夫婦にとって、一戸建ては最初から選択肢になかった。夫婦ともに医師として働き、日々の生活は忙しい。庭の手入れをして、家の中も掃除して、という暮らしは現実的ではない。自分たちで管理できる範囲を考えると、マンションがよかったという。
ただ、一般的なマンションの間取りは好きになれなかった。玄関から長い廊下が伸び、その左右に部屋が並ぶ。奥にリビングがある。よくあるつくりではあるけれど、夫婦にはしっくりこない。
「廊下が長くて、左右に部屋がバンバンバンってある感じが嫌だったんです」
マンションには住みたい。でも、既成の間取りには住みたくない。だから、リノベーションは自然な選択となった。
1回目のリノベーションでは、1LDKの住まいを。当時は子どもが1人、あるいはいない暮らしを想定していた。けれど、その後2人目の子どもが生まれることになり、住まいは手狭になっていく。家族構成が変わり、暮らしに必要な広さも変わった。2回目のリノベーションは、そんなタイミングで始まった。

「どうすれば良かったか」9枚の要望資料
1回目の住まいに不満ばかりがあったわけではない。けれど、暮らしてみないとわからないことは確かにあった。その一つが、寒い廊下だった。
玄関を入ったときの抜け感をつくるために、廊下を抜いた。その見た目はよかった。でも、古いマンションの玄関側は冷気が入りやすく、脱衣の場所が寒くなり、冬場はほとんど外で着替えているような感覚だったという。
「それだけは失敗でした」
もう一つは、造作家具の伝え方。なんとなく上手にやってくれるだろうと思って任せた部分は、やはりなんとなく仕上がった。細かく指示したところは思い通りになったけれど、大雑把にお願いした部分は、大雑把なまま形になることを知った。
棚の下が思ったより空いていない、サイズが大きすぎる、素材感が少し安っぽく見える、こだわった部分とのバランスが取れない。
失敗というほどではない。でも、次に同じことはしたくない。1回目のリノベーションは、2回目の精度を上げるための大きな経験になっていた。

2回目のリノベーションに向けて、奥さまは要望を資料にまとめた。
写真を貼り、好きな雰囲気を伝えるだけではない。前の住まいで何が嫌だったのか。なぜ嫌だったのか。どうすればよかったのか。そこまで掘り下げていったのだ。
資料は、全部で9枚ほどに。
「家は3回つくらないとって言うじゃないですか。でも、3回目はなかなか厳しい。次で最後なら、1回目の教訓を活かそうと思って」
リノベーションの難しさは、言葉にしにくい感覚を共有しなければならないところにある。この色は好き。これは苦手。こういう棚は使いにくい。この動線はストレスになる。でも、「好き」「嫌い」だけでは伝わらない。なぜそう感じるのかまで出さないと、設計する側も判断できない。奥さまは、自分でも考えながら資料をつくっていった。
「この色の何が気に入らなかったんだろうって、だいぶ出しながら考えました」
それは、夢の家を描く作業というより、自分たちの生活を観察する作業だった。

「暮らしを回す」今は実用性を優先
リノベーション事例には、きれいに整えられた家がたくさんある。植物が置かれ、棚には余白があり、季節の飾りがある。そういう暮らしに憧れがないわけではない。でも、臼井さん夫婦はそこに引っ張られすぎなかった。
子どもがいる。仕事がある。洗濯物が出る。料理道具は増える。おもちゃも散らかる。片付けても、すぐに元に戻る。今の自分たちが優先すべきなのは、きれいに飾ることより、暮らしがちゃんと回ることだった。
「この子らがいなくなった後に、のんびりやろうかなって」
奥さまはそう話す。今は、子育てが中心にある時期。飾る余白よりも、動きやすさ。見せる収納よりも、しまいやすさ。丁寧に整えることより、散らかっても破綻しないこと。
それは妥協ではない。
自分たちの時期を見誤らなかった、かなり現実的な判断だと思う。

キッチンは趣味と憩いの場所
ご主人にとって、この家の中心はキッチンだ。もともと料理に強いこだわりがあったわけではない。きっかけはコロナ禍だった。外食ができなくなり、自分で作ってみようと思った。そこから少しずつのめり込んでいった。
道具を揃える。フライパンの素材を試す。YouTubeで学ぶ。店で食べた味を自分なりに再現する。イタリアンに中華の考え方を入れたり、スパイスを組み合わせたりする。ラーメンをスープから作ることもある。

医師の仕事は、ガイドラインに沿って判断する場面が多い。決められた知識を正確に使うことが求められる。一方で、料理は違う。自分の好みに合わせて、自由に組み合わせられる。食べたものを盗んで、自分の味に作り直せる。試して、失敗して、また変えられる。
「自分の好きなものを、好きなようにつくれる。趣味と憩いの場がここに全部詰まっていますね」

そう話すご主人にとって、キッチンは単なる設備ではない。仕事とは別の頭を使える場所であり、自分に戻れる場所でもある。
キッチンは広くつくった。収納も多く取った。それでも、暮らしてみると道具は増える。フライパンも増える。食器も増える。フードプロセッサーがほしい、ピザを作るなら置き場所がいる、という話も出てくる。
「2年半経ちましたけど、まだ全然定まってないです。暫定のまま放置されています(笑)」

奥さまはそう笑う。セミオーダーのキッチンは、自由度が高い。けれど、その分、ものの住所は自分たちで決めなければならない。最初からすべての場所が決まっているシステムキッチンとは違う難しさがある。
ご主人は道具を増やしたい。奥さまは、増えたものの置き場所を早く決めてほしい。そのやり取りも含めて、この家のキッチンはまだ動いている。完成して終わりではなく、暮らしながら少しずつ調整されていく場所。料理への熱量があるからこそ、キッチンは今も変わり続けているのだ。

別の部屋にいる猫の気配が見える場所
奥さまのお気に入りは、猫の様子が見える仕切りのある場所だ。猫がこちらに入ってこないようにしながら、完全には閉じない。向こうの様子が見え、猫が覗き込む姿も見える。
「ここから猫が覗き込んでくれるのを見るのが好きなんです」

そこには磁石もつく。暮らしてから、子どもの作品を飾れることにも気づいた。もともと想定していた使い方に、思いがけない楽しさが加わった。
また、この家にはテレビがない。夫婦はキッチンまわりやカウンターに座って、お酒を飲みながら過ごすことが多い。猫が鳴く。子どもの気配がある。部屋は分かれていても、完全に切れてはいない。
この仕切りは、空間を閉じるためだけのものではない。入ってきてほしくないところは分ける。でも、見え方や気配は残す。その加減が、臼井さん夫婦の暮らしに合っている。
奥さまがこの家で好きなところは、住みやすさだ。旅行から帰ってくると、ほっとする。実家から戻ると、自分たちの家の楽さがよくわかる。特に大きいのは、子どもの世話と家事のしやすさだった。お風呂に入れる。おむつを替える。洗濯する。干す。片付ける。その一連の動きが、できるだけ短く済むように考えられている。
「干して、片付けるが最短でできるようにしているので、そこはすごく好きです」
実家は、祖父母が暮らしやすいようにつくられている。だから、小さな子どもを連れて過ごすと、自分たちの家との違いがよくわかる。家は、誰のために最適化するかでまったく変わる。
臼井さん夫婦の家は、今の家族にとって必要な動線を優先している。きれいに見せることより、毎日を楽にすること。その判断が、暮らしの実感につながっている。

ただ、ここまで考えても、失敗はある。臼井さん夫婦が「この家の最大の失敗」と話すのが、ドアホンの位置だ。普段はこのあたりにいることが多いから大丈夫だろう。そう考えて決めた。でも、お風呂に入っているときに鳴ると聞こえにくい。想定したつもりでも、暮らしてみると遠かった
「シミュレーションしたのに、ここやって言ったのに(笑)」
どれだけ考えても、住んでみないとわからないことは残る。大事なのは、失敗をゼロにすることではなく、自分たちにとって大きなストレスになる部分を減らすことだ。その意味で、2回目のリノベーションは、1回目よりもずっと精度が高い。
理想より続けられる暮らしを目指す
臼井さん夫婦のリノベーションが面白いのは、理想の暮らしをそのまま形にしていないところだ。むしろ、自分たちができないことをかなり正直に見ている。
丁寧に飾り続けることはできない。ものは増える。片付けは後回しになる。料理道具はまだ増える。子どもがいる間は、見た目より実用性が大事になる。その現実を見たうえで、家をつくっている。
ご主人はキッチンにこだわった。奥さまは動線や色、素材、子育てのしやすさ。夫婦で全部を同じ熱量で考えたわけではないけれど、それぞれのこだわりどころを理解しながら、家を整えていったのだ。

旅行から帰ってきたときに、ほっとする。実家から戻ったときに、この家は楽だと思う。料理がしやすい。子どもの世話がしやすい。猫の気配がある。多少散らかっても、暮らしが止まらない。
リノベーションで大事なのは、完成写真の美しさだけではない。その家で暮らす人が、自分たちの現実に戻ってこられること。臼井さん夫婦の家には、その強さがある。




