「どこを切り取っても、かわいい」家族の表情が残る仕組み

キッチンに立つ母親と、そのすぐ向こうに並ぶ子どもたち。土間で遊ぶ姿。中二階から階段を下りてくる瞬間。
Nさんは、家の中でふと足を止めるたびに思うという。「ここからキッチンを見ると、かわいいなって毎回思います。ここに座って向こうを見ても、中二階から下りてきても、全部好きですね」
夫妻と3人の子どもが暮らす家には、一方向から眺めるだけではわからない景色がある。壁や建具、アーチ型の開口部がフレームになり、動き回る家族の姿を一場面ずつ切り取っていく。
特別な日のために整えられた背景ではない。食事をつくる。子どもが遊ぶ。片付ける。家事の途中で声をかける。そんな慌ただしい毎日が、そのまま残したくなる景色になる家だった。
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どこへ行くにも「リビングを通る」
以前のマンションは、子どもが3人になった家族には少し手狭だった。新しい家を考えるとき、夫妻が大切にしたのは、広さを増やすことだけではなかった。
「子どもが成長したら、だんだん会話をしなくなるかもしれない。それでも、絶対にリビングには来てほしいと思ったんです」
そこで、家の中を移動するときには、できるだけリビングを通る間取りにした。もともとなかった壁をあえて設け、洗面室や2階へ向かうときにも、少し遠回りして家の中心を通るようにしている。

効率だけを考えれば、短い動線をつくる方が合理的かもしれない。それでも夫妻が選んだのは、家族が顔を合わせる可能性を残すことだった。子どもが自分の部屋を持つようになっても、誰にも会わずに1日を終えることがない。すれ違う数秒のために、あえて遠回りする家である。
在宅でデータ分析の仕事をする夫には、集中できる仕事部屋もつくった。個人の時間を確保しながら、部屋を出れば家族のいる場所へ戻ってこられる。ずっと一緒にいるためではなく、それぞれの時間を持ったうえで、自然と集まれるように設計されている。
料理する人の背中を見せない
家の中心にあるのは、コの字型のキッチンだ。
妻は以前から、ダイニングと一体になったコの字型キッチンにしたいと考えていた。前の家では、料理をつくり、食卓まで食器を何度も運び、食後はまたキッチンへ戻す。その往復を減らしたかった。
新しいキッチンでは、調理台と食卓がひとつながりになっている。料理する人と子どもたちが向かい合い、冷蔵庫へ物を取りに行っても、洗い物をしていても、会話が途切れにくい。
「ごはんをつくっていると、子どもが興味を持ってくれるんです。朝はお皿を片付けたり、自分でお盆を持ってきたり。どこに何のお皿が入っているかも、よく見ています」

子どもから見えるのは、料理する大人の背中だけではない。食材が料理になり、皿が選ばれ、食卓へ並ぶまでの一連の動きだ。料理する人だけが家事を背負うのではなく、同じ場所にいる家族が、その時間を少しずつ共有していく。
子どもたちが小学生になれば、ここで宿題をする姿を見ながら料理できるかもしれない。今は食卓であり、親子が向き合う場所が、成長とともに学びの場所にもなっていく。
夫が担当する朝食は、パンにジャムを塗ること。そして、コーヒー豆を挽くことだ。以前のマンションでは、ミルの音で子どもが起きてしまうため、朝早くには使いにくかった。今は気兼ねなく豆を挽ける。
小さな変化だが、家族が5人になって諦めていた朝の習慣を、もう一度取り戻した音でもある。

土間の使い方は「まだ決めない」
リビングの隣には、大きな土間がある。特定の用途を与えず、子どもの成長や、その日の気分によって使い方を変えられる場所として残した。
今は乗り物を置き、子どもたちが遊ぶ。ときには椅子を運び、家族で夕食を食べることもある。
「子どもが食卓の椅子に座りたがらないときも、あっちで食べようと言うと、うれしそうにするんです。ちょっとピクニックみたいで」

同じ料理でも、食べる場所を変えるだけで気分が変わる。子どもが成長すれば、遊び場ではなく、夫妻の趣味の場所になるかもしれない。家族にちょうどよい距離や過ごし方は変わっていくから、用途を決めきらずに余白を残した。
土間とLDKの間にある建具も、2つの空間を区切るだけではない。ガラス越しに向こう側の気配が映り、閉めれば家族の姿を切り取るフレームになる。玄関から土間、LDKへと視線が抜ける一方で、緑や濃い色の壁、アーチ型の開口部が場面ごとの輪郭をつくる。
開放感を出すために、すべてを1つにするのではない。つながりの途中に枠を置くことで、家族の居場所が一つずつ見えるようになった。

削っても「好きな家になった」
夫妻は、クジラの施工事例をほとんど見たうえで相談に訪れた。妻は取り入れたい素材やデザインの要望を具体的に伝え、メーカーショールームに同行してもらったり、様々な建材サンプルを取り寄せてもらったりしながら、ひとつひとつ吟味した。
赤みのある濃い色のパーケット、アクセントとなるダークグリーン、アーチ、タイル、照明。要素の多い空間だからこそ、色味やラインを揃え、互いがぶつからないように調整していった。
デザインに対する不安は、ほとんどなかったという。心配だったのは予算だった。やりたいことをすべて入れると金額は膨らむ。最終的にはいくつかの希望を削る必要があった。
「削った状態で完成したときに、本当に満足できるのかな、という不安はありました」
しかし、完成した家を見たとき、その心配は消えた。足した要素の数ではなく、残したもの同士がどう響き合うかで、家の印象は決まる。希望をすべて詰め込まなくても、2人が好きだと思える空間は失われていなかった。

夫妻は、家づくりの進め方に対して少し考え方が違った。夫は期限や手順を決めたいタイプで、妻は比較的自由に考える。けれども、見た目について大きく揉めることはなかった。
「妻がかわいいと思うものは、たぶん私も気に入る。妻が微妙だと思うものは、私も微妙だと思うんです」
無骨なものを好む夫と、少しポップでかわいいものを好む妻。好みは同じではない。それでも、相手が選んだものを家に置いたときの景色は、同じように好きだと思えた。
日常のすべてが「写真になる」
N家では、家族が集まると自然にカメラを向けたくなる。遊んでいる子どもの後ろで建具を閉め、ガラスや濃い色の壁を背景にする。キッチンに立つ妻と椅子に座る子どもが、同じ画面に収まる。両親が遊びに来たときも、家のあちこちで写真を撮って帰ったという。
もちろん、普段の暮らしは写真のように静かではない。大人2人に子ども3人。夫妻は座る間もなく、家の中を動き回っている。
それでも、玄関からリビングを見たとき、土間からキッチンを見たとき、中二階から下りてきたとき、その一瞬だけは、慌ただしい日常にフレームがかかる。

子どもたちはこれから成長し、土間の使い方も、キッチンを囲む時間も変わっていく。だからこの家は、完成した一枚の写真ではない。
家族が過ごした時間によって、何度でも新しい場面が生まれる。
どこを切り取っても、そこにはN家の今が写っている。




